大会の歩み

全日本バレーボール小学生大会の歩み


たくみなサーブ、体ごと受け止めるレシーブ、力強いアタック。チームの心がひとつになった見事なプレーに、拍手と歓声がわきあがります。バレーをとおして健康な心と体をつくりたくさんの仲間と友情をはぐくんでほしい・・・・・

そんな願いをこめて始まった全日本バレーボール小学生大会。小学生バレーボーラー達にとって、夏の甲子園に匹敵するイベントになりました。

第1回大会以来、回をかさねるごとに参加チームが増加し、第8回大会からは10,000チームをこえ、日頃の練習の成果を競っています。北海道から沖縄まで、全国各地から日本一をめざして集まってくる小学生たち。たくさんの仲間と出会い、心のふれあいが得られるのも本大会ならではのこと。このひと夏の体験で、子供たちは大きく大きく成長することでしょう。

 

第1回大会【昭和56年 第1回大会・期待を集めて開催】

ライオンカップこの20年の歴史を振り返ってみましょう。初めてのこころみとして、小学生バレーボールの全国大会が育ってほしいと、大きな夢と期待を担って出発しました。また、第1回大会のポスターの原画を、故手塚治虫氏が手がけ、以来毎年有名漫画家がポスターの原画を描いています。

 

第2回大会【本格的な選手宿舎を 「国立オリンピック青少年センター」に、 選手村がスタート。】

各地での予選を勝ち抜き全国大会に参加するチームの選手たちは、親元を離れて合宿生活をおくります。第1回のときには、東京の大学を受験する若者たちの宿として知られる、本郷の旅館を宿舎にしましたが、この大会から「国立オリンピック記念青少年センター」を大会期間中の宿舎にしました。小学生プレーヤーたちのための本格的な「選手村」が誕生したのです。試合での熱戦もさることながら、宿舎での合宿生活を通しての、全国から集まった仲間との交流は、子供たちにとってとても貴重な体験となっています。

 

第3回大会【お祭り広場、誕生!】

大会では競技のほか、選手および指導者を対象にさまざまな教育活動が続けられてきました。第1回以来、小学生選手たちの最大の楽しみのひとつになっている「オリンピック選手との交歓会」や、それぞれ郷土色豊かな歌、踊りを披露する「お国自慢」など大会を盛り上げてきました。中でも一番の人気は、第3回大会から始まった「お祭り広場」です。このときはとくに「みんなで歌おう!シュガーとともに。」で、当時大人気だったボーカル・グループ“シュガー”の思いがけない登場に子供たちは大喜び。「お祭り広場」ではほかに、“石鹸彫刻コーナー”、“歴代ポスターコーナー”、“サイコロビンゴコーナー”歯磨き宣言で賞品がもらえる“6480(ムシバゼロ)コーナー”“記念写真”など盛りだくさんのプログラムが組まれ、選手村の日々をより充実したものにしています。また、第3回大会から大会本部製作の「ちびっこ選手村新聞」を発行、毎朝各チームに配布されるようになりました。

 

第4回大会【『ありがとう』が、大会のスローガンに】

全国大会まで励ましあってきた仲間へ、温かく見守り続けてくれたおとうさん、おかあさんへ、辛抱強く指導してくれたコーチや先生方へ、大会を支えている役員の方々へ、「おかげさまで、元気でプレイできます。」そんな感謝の気持ちを大切にしようと、この年から「ありがとう」が、この大会のスローガンになりました。

そして、第4回大会から始まったのが、東アジアの少年少女たちへのバレーボールのプレゼント。各都道府県大会決勝戦で使用した“ウイニングボール”をそれぞれの代表選手がもちより、集まったボール約100個を大会終了後に寄贈することにしました。以来毎年、タイやインドネシアなどにボールを送り続けています。「ありがとう」の気持ちを形にしたこの行事は、子供たちの中に“思いやり”の心を育てるきっかけとなりました。

 

第5回大会【沖縄代表に栄冠!】

優勝チームに内閣総理大臣杯が贈られる。

第5回大会の男子の参加チーム数は643チーム。その中で都道府県大会を勝ち抜き、そして全国大会で各地区代表の精鋭を次々と破って全国制覇を果たしたのが、沖縄代表の中城クラブです。青いサンゴ礁と輝く太陽を思わせる、南国の少年たちのさわやかな活躍に、会場の拍手も一層たかまったことはいうまでもありません。

また、この回から優勝チームに内閣総理大臣杯が贈られることになり、沖縄代表がそれを最初に手にするという、栄誉をかちとり、二重の喜びに包まれました。

 

第6回大会【参加チーム10,000に、もう一歩】

楽しい、選手村での「教育活動」。

競技会に出場するのと併せて、全期間中にわたって選手村で行われる教育活動に参加することが本大会で最も大切にしております。

小学校生活のそして、夏休み中のよい思い出となり、学校での生活に生かせるよう内容構成に創意と工夫をしております。

両親を初めとする家族や先生方への手紙を書く「お手紙教室」。東京JR電車を利用して一日中、都内を巡る「スタンプラリー」。そして、楽しい観劇や、体育館いっぱいが笑いと歓声に包まれる「お祭り広場」など、盛り沢山のメニューで、選手村での生活を有意義に過ごしています。

 

第7回大会【男女優勝チーム、イタリアに派遣!】

ローマ法王に謁見、祝福を受ける。

東南アジアにボールを贈る、台湾のチームと交流するなど、ライオンカップではスポーツを通して子供たちの目を海外にも向け、視野を広げるという試みを続けています。第7回では優勝チームがイタリア遠征しました。地元チームとの交流試合や観光を存分に楽しみましたが、一番の感激はバチカンでローマ法王にお会いするという、思いもよらぬ出来事。日本語で語られた「あなたがたバレーボールの子供たちは競争するだけではなく、人の和のために励んでください。」との法王のお言葉は子供たちの胸に深く刻まれたことでしょう。

 

第8回大会【出場チーム初めて10,000チーム突破】

この大会がスタートした当初「10年後には、10,000チーム参加を。」が目標でした。毎年約1,000チームずつ増えるというめざましい発展を遂げ、早くも第8回で10,051チームに達しました。

この年、青森代表の「稲垣少年クラブ」女子チームが東北地方では初めての優勝、同男子も準優勝を勝ち取り、まさに青森旋風が巻き起こりました。

 

第9回大会【大会史上初、東金町ビーバーズ・アベック優勝】

第9回大会での最大のニュースはなんといっても、東京代表の東金町ビーバーズの“男女アベック優勝”塾よりスポーツが大好きという下町の子供たちの輝く笑顔がとても印象的でした。

また、この年は日本テレビの「愛は地球を救う」チャリティにも参加。会場に設けた募金箱に寄せられた寄金を優勝チーム代表がチャリティ事務局に手渡す模様は全国に放映されました。

 

第10回大会【バレーボールに感謝・第10回大会を記念して全国作文コンクール】

ライオンカップは、いよいよ第10回大会を迎えました。その記念行事として、日本小学生バレーボール連盟が主催し、全国で「作文コンクール」が行われました。これは、小学生バレーボーラーが、これまで、バレーボールを続けられたことに感謝する気持ちを作文に表すことをめざしたものです。

各都道府県での第1次審査で、バレーボール連盟と、読売新聞社が中心となって最優秀の47点を選考し、さらに全国大会直前に行われる第2次審査で全国の最優秀作品「ライオン賞」が決まりました。

 

第11回大会【チーム宿舎=選手村の2分化】

青少年センターが一部改修工事となり、全チーム収容できなくなりました。そのため、女子宿舎を「よみうりランド会館」とし、男子宿舎を「青少年センター」としました。これに伴い、教育活動も男・女に分かれ、それぞれの宿舎で行われました。

また、この年はライオン株式会社の創業100周年度にあたり、「ありがとうライオンカップ。おめでとうライオン100年」をテーマとして、大会を盛り上げました。そして、初めて都道府県大会において「歯磨き指導」を実施しました。

今大会の単発的表彰として、茨城県女子代表の「常陸太田スポーツ少年団」に「松平特別賞」が送られました。これは、3年生レギュラーをはじめ、選手・監督・ベンチ一丸となったさわやかなプレーが感動を与えたからです。

 

第12回大会【フリーポジション制の導入】

永年馴れ親しんできた「バックセンター固定制」に代わり、「フリーポジション制」が導入されました。各都道府県のバレーボール協会、及び小学生バレーボール連盟を通じて、各チームに充分通達されており、大会での混乱はありませんでした。

男子優勝は武佐ガッツ(滋賀)で、鋭いサーブと、クイックや移動攻撃など多彩なコンビバレーで打ちまくりました。女子は強打のエースを擁する古市スポーツ少年団(広島)が、初出場ながら女子の広島県勢としては初の日本一に輝きました。

閉会式後には、川合俊一氏と、全日本女子チームの、大林・吉原・福田・江藤の4選手による抽選会を実施いたしました。サイン色紙とサイン入りボール、ライオンちゃんのぬいぐるみなどが当り、盛りあがりました。

 

第13回大会【ライオンカップ史上初! 開会式へ皇室からのご来臨】

開会式に、ライオンカップ史上初めて皇室より高円宮憲仁親王殿下にご来臨いただき、さらに“おことば”も頂戴しました。また、夕方近くまで大変ご熱心に試合をご観戦されていました。

さらに今回は、国際バレーボール連盟のルーベン・アコスタ会長ご夫妻が来日され、開会式でご挨拶もいただきました。また、メキシコからは、男女の小学生バレーボールチームの一行が来日し、教育活動への参加や、エキジビジョンマッチなどを通じて日本の小学生と交流を図りました。そのかわりに、今大会男子優勝「上牧ウイングス(奈良)」、女子優勝「切目ジュニア(和歌山)」の2チームがメキシコへ派遣されました。

 

第14回大会【『文部省』の後援決定!】

本年度初めて申請が受理され、実現しました。これにより、都道府県大会において、教育委員会の後援が取り易くなったと言われています。

男子は沖縄県の「佐良浜クラブ」が、女子では長崎県の「渡良クラブ」が、ともに離島のチームとして初めて全国大会出場キップを手にしました。そして、佐良浜クラブは努力賞を受賞しました。

第1回大会から増え続けてきた参加チーム数も、今大会では10,379チームとなり、20回の大会の中でも最高となりました。

今大会の男子優勝チームは広島の「中筋スポーツ少年団」で、平均147cmながら、セッターを中心とした鍛え抜かれたコンビバレーを発揮しました。女子優勝チームは「川西東谷」で、初出場ながら兵庫県の女子としては初の全国制覇を成し遂げました。

 

第15回大会【=バレーボール生誕100年記念=】

 バレーボール生誕100年記念の大会として、今大会には、大韓民国、メキシコ、タイ、チャイニーズタイペイの4カ国から招待し、合計106チームが参加した大会となりました。

さて、この記念大会でライオンカップを手中にした男子チームは「大韓民国」でした。身長も高く、圧倒的な強さを見せました。一方の女子は、強力なサーブを武器にして、初出場ながら見事に優勝したのは「中筋スポーツ少年団」(広島)でした。「中筋スポーツ少年団」は昨年の男子に続いての優勝でした。

閉会式でのメダルのプレゼンターには、「大林素子」「中西千枝子」「福田記代子」「佐伯美香」という全日本女子バレーボールチームの現役選手が行いました。

男子準優勝の「陵ヶ岡」(京都)と女子優勝の「中筋スポーツ少年団」の2チームは、ベルギーへ派遣され、国際親善を図りました。

 

第16回大会【ダブルトーナメント方式で216試合の大会】

 今大会は、大会期間が1日短縮されたため、競技方法が大幅に変更されました。6チームずつ8組に分けた完全敗者復活制のダブルトーナメント方式を採用しました。その結果、1回負けても敗者組のトーナメントに入り、決勝トーナメント進出もねらえます。2敗してしまうとBトーナメントに出場し、グループ優勝をめざしました。

男子優勝は宮城県代表の「東大崎クラブ」でした。東大崎クラブは予選トーナメントから決勝戦まで1セットも落とさず、また、失点も少なく、圧倒的な強さでした。

女子優勝は、175cmのエース=大山加奈を擁する「ひまわりクラブ」(東京Ⅰ)が、前評判通りの強さを見せ、準決勝で「平野南ジュニアーズ」(大阪)とフルセットの大接戦でしたが、初出場ながら見事に全国制覇をしました。

 

第17回大会【二連覇の快挙!東京代表「ひまわりクラブ」】

 「株式会社モルテン」「明星ゴム工業株式会社」(ミカサ)が、今大会より「協賛」として参画し、「ライオン株式会社」の大会名名義は「特別協賛」に変更されました。

開会式には、文部省より、小杉隆文部大臣がご出席され、ご祝辞を頂きました。また、開会式終了後には、各チームのキャプテン及び監督と文部大臣との間で懇談会が開かれました。

さて、男子優勝は福岡県代表の「島門ジュニア」でした。島門ジュニアは予選から決勝まで全ての試合で1セットも落とさず、しかも各セットの失点も全て9点以内に抑える圧倒的な強さでした。

一方女子は、「ひまわりクラブ」(東京Ⅰ)が、大山美希(169cm=今大会中女子の最長身)を中心に決勝まで進み、決勝戦では「みつわ台」(千葉)とフルセットの大接戦を制して、昨年に続き、2年連続全国制覇の快挙でした。

 

第18回大会【的にあたったかな?スパイクNo.1コンテスト】

開会式終了後、元全日本男子の川合俊一氏と日本テレビの豊田順子アナウンサーの進行により、「スパイクNo.1コンテスト」が実施されました。ライオン君が持った的をめがけ て次々にスパイクを打ち込み、見事当たるとライオン商品がプレゼントされました。

男子優勝は福岡県代表の「三輪町スポーツ少年団」、女子優勝は埼玉県代表の「大井クッキーズ」でした。両チームとも予選から決勝まで全ての試合で1セットも落とさず、圧倒的な強さで優勝を成し遂げました。

閉会式では、現役の全日本男子チームの青山繁選手と成田貴志選手から、金・銀のメダルが授与されました。

 

第19回大会【女子の東京都代表、5度目の優勝!】

今大会も、開会式終了後に「スパイクコンテスト」を実施しました。今回は、川合俊一氏、中田久美さん、角田アナウンサーの3人で進行され、試合とは別の楽しさを味わったようでした。

開会式では、現役の全日本男子バレーボールチームの加藤陽一選手(東レ・アローズ)に「激励の言葉」をしてもらいました。

男子の優勝は広島県代表の「大町」でした。大町は、準々決勝の「群馬大和藪塚」(群馬)、準決勝の「鞍手JVC」(福岡)には、ともにフルセットの接戦でした。決勝は、「上野エンジェルス」(東京)との対戦でしたが、スコア以上の接戦となり、見応えのある試合でした。  女子は東京代表の「小岩クラブ」でした。小岩クラブは力強いスパイクとスピードと変化のあるサーブ、粘り強いレシーブで決勝まで進みました。相手は「城陽ジュニアクラブ」(京都)でしたが、ライオンカップ史上最長の決勝戦となるフルセットの末、小岩クラブの優勝となりました。

 

第20回大会【ありがとう!ライオン!最後のライオンカップ】

 20回記念大会にふさわしく、開会式には元歌のお姉さんの神崎ゆう子さんを迎え、「君が代」と大会テーマソングの斉唱がありました。

今大会は競技方法も変わり、2日間予選リーグを行い、3日目は準々決勝から行う方法で試合数も昨年より56試合も多く行われました。また、21点のラリーポイント制も採用されました。

記念すべき大会の男子の優勝は、広島県代表の「亀山南」でした。準決勝では「上野エンジェルス」(東京Ⅰ)とフルセットの大接戦を行い、決勝では「富永クラブ」(宮城)にストレート勝ちし、見事にライオンカップを手中にしました。上野エンジェルスは2年連続で広島県代表に敗れました。

女子の優勝は兵庫県代表の「大津茂少女JVC」でした。大津茂少女JVCは、2日目の予選リーグで「ひまわりクラブ」(東京Ⅰ)に1セット落としたものの、決勝を含む他の試合では圧倒的な強さを見せての優勝でした。

閉会式では、選手をはじめ、役員及び会場にいるすべての人たちが、20年間お世話になったライオン株式会社に「ありがとう」の感謝の気持ちを持って、20回記念大会の幕を閉じました。

 

第21回大会【ライオンからペプシへ】

 20年間続いたライオンカップから、21世紀の幕開けとなるペプシカップへと変わった1回目の大会となりました。

特別協賛であるサントリー株式会社より全日本の佐々木太一選手から激励の言葉をいただき、大会が始まりました。また、開会式では、「選手宣誓」の代わりに「誓いの言葉」を、南北海道代表江別中央ジャンプ主将 鈴木唯さんが堂々と話し、観客の保護者の方々や役員の人たちから感動の拍手をもらいました。

今大会では、男女とも、西高東低の傾向が見られ、決勝トーナメント進出チームは、西日本のチームが多く見られました。福岡県代表の鞍手JVCが男女とも決勝戦へ進出し、男女アベック優勝の期待が高まりましたが、惜しくも女子は敗れてしまいました。男子は、フルセットの末、鞍手JVCが優勝、準優勝は鹿児島の市来さざなみとなりました。女子の優勝は、兵庫の若鮎新宮クラブ、準優勝は鞍手JVCでした。

選手村での子どもたちの生活態度がとても立派で、他の利用者や管理事務所の方々から称賛の言葉をいただきました。こうして、初めてのペプシカップを無事に終えることができました。

 

第22回大会【大会初、決勝は東京対決!】

 今年の東京の夏は、連日35度を越す猛暑で、選手も応援団もたくさんの汗をかきながらの大会でした。
開会式では、東金町ビーバーズの佐々木克弥君のすばらしい誓いの言葉に、たくさんの人たちから大きな拍手が送られ、大会が始まりました。また、大懸郁久美さんの激励の言葉によって、「わたしも将来は全日本選手に……。」と思った子どもたちも多かったことでしょう。
男子決勝戦は、大会初の東京代表同士の対決となりました。東京都大会で何度か対戦しているためか、互いに相手チームのことを知り尽くしているので、フルセットという接戦となり、東金町ビーバーズが杉一クラブを下し、13年ぶりに優勝しました。
女子決勝は、身長175cmの峯村沙紀選手を要する長野県代表・小布施スポーツ少年団が京都の室町に危なげない試合運びで初優勝を果たしました。  今大会は、男女とも長身選手が活躍して、それらの選手がいるチームが上位入賞を果たしました。

 

第23回大会【指導者研修会の成果、マナー向上!】

 第23回大会は、昨年の暑さは感じられず、涼しい日が続き、快適な試合ができたと喜ばれました。
選手代表の誓いの言葉は、東京女子第1代表・上野エンジェルスの高橋早紀選手が行いました。お世話になった周りの人たちへの感謝の気持ちがこめられたすばらしい言葉で、たくさんの拍手が送られました。
全国指導者研修会が行われてきた成果なのか、指導者の服装や言動などのマナーがとても良かったのが印象に残りました。また、選手たちの選手村での行動も大変立派で、両施設の担当者の方から大変誉められました。  男子決勝は、東京第1代表の小岩クラブが、群馬代表の群馬大和薮塚を2-0で下し、念願の初優勝を果たしました。
女子決勝は、2連覇をねらう長野代表・小布施スポーツ少年団と2年ぶり2度目の優勝をねらう兵庫代表・若鮎新宮クラブの対決となりました。小布施スポーツ少年団は、準決勝で上野エンジェルスとフルセットの大接戦を終えての決勝戦のためか、力を発揮できずに敗れ、若鮎新宮クラブが優勝しました。
今大会は、大きな病気やけが、事故もなく、安心して試合に集中できた大会でした。

 

第24回大会【若鮎新宮2年連続3度目のV!】

 開・閉会式では、毎年、全日本選手や元全日本選手の人たちが激励に来てくださいます。今年は、開会式で佐々木太一選手が激励の言葉を言ってくださいました。また、大林素子さんが、女子選手村で選手たちと楽しい話し合いを行い、励ましてくださいました。閉会式では、大林素子さんと荻野正二選手が、入賞者にメダルを授与してくださいました。
男子決勝は、奈良代表・片桐VBCが長崎代表・西北に快勝し、初優勝しました。
女子決勝は、兵庫代表・若鮎新宮クラブが広島代表・宇品スポーツ少年団に、フルセットとなる大接戦でしたが、逆転勝利で2年連続3度目の優勝となりました。
今大会で最後に、男子選手村として利用してきた読売ランドが閉鎖となり、解体されることになりました。14年間にわたりお世話になり、深く感謝いたします。

 

第25回大会【四半世紀の歴史、小学生バレー】

 今回で、25回を迎えた全日本バレーボール小学生大会となりました。25年もの間、約208000チーム2200000名以上の選手が参加しました。その中から多くの全日本選手やVリーガーも巣立っています。まさに、日本バレーボール界の土台を支えている大会といえるでしょう。
さて、今回からよみうりランド会館の閉館に伴い、男子は国立オリンピック記念青少年オリンピックセンター、女子は新高輪プリンスホテルを選手村としました。初めてのホテル使用で心配されましたが、ホテル側の支援で素晴らしい選手村生活を送ることができました。
決勝戦は、25回記念大会にふさわしく、ミスのない好ゲームとなりました。男子は攻撃力に勝る長崎県代表の福重小バレーボールクラブ、女子はサーブ力に勝る広島県代表狩小川バレーボール教室が優勝の栄冠を勝ち取りました。
今後も30回、40回と迎えられるよう努力をしていきたいと思います。

 

第26回大会【サントリーカップに名称変更!】

 長い間慣れ親しんだペプシカップからサントリーカップに名称が変わった最初の大会でした。
開会式では、例年自衛隊の音楽隊が演奏していましたが、今年は、春の高校バレーでも演奏している潤徳女子高等学校吹奏楽部が行いました。また、共栄学園中学高等学校バトン部の素晴らしいバトン演技も行われ、開会式を盛り上げてくれました。
「誓いの言葉」は、13回連続出場をしている奈良県代表片桐VBCキャプテンの鳥塚翼くんがしました。力強い感動的な言葉でした。「激励の言葉」は、サントリーサンバースの津曲勝利選手とNEC・レッドロケッツの大貫美奈子選手がしてくれました。
男子の優勝は、長野県代表の若穂ジュニアでした。エースの峯村雄大くんは、身長が171cmあり、大活躍をしました。準決勝の福光東部(富山)との試合は、大接戦となり、会場がとても盛り上がりました。 女子の優勝は、埼玉県代表の岩槻ジュニアでした。岩槻は、予選リーグ1日目のシード権獲得戦で滋賀県代表のはやぶさに1-2で負けましたが、2日目は危なげなく勝ち進みました。準々決勝で東金町ビーバーズ(東京Ⅱ)と接戦を行い、勝利すると、その勢いで決勝まで進み、優勝を手にしました。
閉会式では、サントリーサンバースの荻野正二選手とNEC・レッドロケッツの大貫美奈子がメダルの授与をしてくださいました。
毎年、たくさんの人たちの協力によって大会が行われています。第26回大会も、関係の方々に感謝し、多くの思い出と感動を残し、盛会に終えることができました。

 

第27回大会【猛暑の東京で激戦!】

 第27回大会より、協賛として株式会社ローソンが加わり、大会を盛り上げてくださいました。
東京は猛暑の連続で、子どもたちの体力が心配されましたが、さすがに全国大会に出場する子どもたちだけあって、大きな病気やけがもなく終えることができました。
開会式には、サントリーサンバーズの越川優選手と元全日本選手の大林素子さんが来てくださり、激励の言葉をいただきました。また、男子の入村式には越川選手が、女子の入村式にはサントリーサンバーズの山村宏太選手が参加してくださり、大変好評でした。
競技結果ですが、男子優勝は京都の陵ヶ岡でした。陵ヶ岡は今大会で1セットも落とさずに優勝し、素晴らしい強さを発揮しました。女子優勝は東京第一の立会アタッカーズでした。立会は、準決勝でフルセット、決勝は、2セットとも2点差という接戦を制しての優勝でした。
教育活動では、3年ぶりにカルチャーイベントが復活し、緊張した全国大会の中で、楽しいひとときを過ごすことができました。恒例の大抽選会では、たくさんのプレゼントが用意され、とても楽しむことができました。
今大会において、多くの反省点がチームより出されました。一つ一つ取り上げ、第28回大会へ行かしていきたいと考えています。

 

第28回大会【初めての冠がつかない大会!】

 今大会から、名称が「第28回全日本バレーボール小学生大会」となり、初めて冠がつかない大会となりました。
開会式では、共栄学園中学高等学校バトン部と潤徳女子高等学校吹奏楽部の協力により華やかに行われました。誓いの言葉を述べた秋田県女子代表、秋田ブレイザーズジュニアの南雲瑞紀キャプテンの言葉は、たくさんの人たちに感動を与えてくれました。また、今年は、北京オリンピックと重なったため全日本の選手が激励に駆けつけてくれませんでしたが、NECレッドロケッツの成田郁久美選手からお言葉をいただきました。
開会式終了後、レフリークリニックを行いました。今年は、ほとんどの監督さんが参加をしてくださり、ベンチマナーやハンドリングの基準などを理解することができました。
試合では、男女とも優勝候補であったチームが見事に優勝することができました。男子は東京杉一クラブ(東京第Ⅱ)、女子は平野ジュニアーズ(大阪)となりました。どちらも前評判通りの試合運びで、どちらも1セットも取られずにすべて2-0で勝利しました。優勝候補のプレッシャーにも負けず、素晴らしい優勝でした。
女子の選手村が、新宿ワシントンホテルに変わりました。男子は例年通り青少年オリンピックセンターを使用しました。男女ともそれぞれに課題もありますが、だいたい満足をして過ごせたことと思います。
最後に、今年も東京都の小学生が補助役員として頑張ってくれました。「Vリーグのラインジャッジよりもうまい。」と誉めてくださった方もいました。ご苦労様でした。

 

第29回大会【長身エース対決&東京決戦!】

 今大会が始まる前に、台風や地震があり、東京に来ることができないのではないかという心配がありましたが、開会式には全員が揃い、無事に開会することができました。また、新型インフルエンザの蔓延も心配されましたが、大会期間中は発症者はありませんでした。しかし、大会終了後、帰省した選手や応援団の中で発症した人がいたようです。
さて、開会式では、「東京都小学校吹奏楽連盟合同バンド」が初めて参加し、素晴らしい演奏を披露してくださいました。小学生が主役の大会らしさを感じました。また、キャプテンがプラカードを持っての行進も初めてでしたが、スムーズにできました。
男子決勝は、2チームとも予選から準決勝までをすべて2-0で勝ち進んできた比叡平スポーツ少年団(滋賀)と島門ジュニア(福岡)の対戦となりました。比叡平のエース吉田綜眞君(174cm)と島門のエース河野良亮君(170cm)の激しいアタックの打ち合いでしたが、比叡平に軍配があがりました。二人とも今後が楽しみなアタッカーです。
女子決勝は、東京同士の戦いとなりました。東京都の予選では、上野エンジェルスが勝ちましたが、全国大会の決勝ではビーバーズが雪辱を果たしました。1セット目を簡単に取られていながら、2、3セットは粘りを見せ、逆転勝利となりました。
選手やベンチスタッフのマナーが向上する中、応援団のマナーの悪さが目立ってしまいました。次回へ生かしたいと思います。

 

第30回大会【夢・希望枠を設け、110チームの参加】

 第30回記念大会は、名称もファミリーマートカップという冠も付き、盛大に行われました。記念大会ということで、夢・希望枠という枠を設け、参加チームを男女7チームずつ増やしました。総勢110チームの参加(宮崎は口蹄疫問題のため不参加)でした。また、会場も東京だけでなく、浦安と所沢の体育館も使い、全体育館が冷房完備の体育館となりました。男子は、準々決勝を大接戦で勝ち、そのままの勢いで勝ち進んだ、長崎県代表の日見クラブが優勝しました。女子は、2日目の準々決勝進出戦と準々決勝をフルセットで苦しみながらも、優勝したのは兵庫県代表の東条ジュニアでした。また、ラインジャッジも初めて選手が行いました。初めてづくしの30回記念大会でした。
FM